
チャップリンの映画はあまり観たことがなかった。
もともと映画が得意でないし、時代が古すぎるせいもあって食べず嫌いだったのが実際のところだ。無声映画のイメージしかない。
そんなわたくし、先日たまたま「チャップリンの殺人狂時代」(Monsirur Verdoux)を見る機会に恵まれたのだが。
ああもうごめんなさい今まで観てなくて。ものすっっっごい面白かったです!
最後までハラハラドキドキ手に汗握る展開ですけえ。
どこに着地すんのコレ?ってずっと思って見てたから。
深く深くいろんなことを考えさせられた。
いまどきのこんなご時世、自粛警察なんて言葉も出るくらい、少しずつ人の感じる正解や正義というものがおかしくなってきてる。
というか、「正義」を「ふりかざす」人がこの現代にもまだいるのか、というのが率直な感想。
正義なんてのはありゃしない。
あるのは「その人にとっての正義」であって、どう考えても相対的なものだ。
他人には他人の正義がある。そんなん当たり前だ。
ずいぶんむかしにもちらっと書いたが、ウルトラマンは絶対正義ではない、バルタン星人にだってジャミラにだって彼らの正義があるのだ、たぶん。
自粛せずに営業している店なんかに、お上の紋が入った正義という名の旗印をかかげて勇んで攻撃をする人たちは、やってるほうにも事情があって、信念があって、あるいは正義があってやってるってことを考えもしないのだろうか。
マスコミにやり玉にあげられまくったパチンコ店なんかも、気の毒の一言に尽きる。
もっともそのマスコミのほうも、ネタ切れやら各種リスクにスポンサー不足人不足なんかで気の毒な一面もあるわけで。
以前の記事でも触れたけど、
みんなそれぞれの立場があって、生活があって、それがあまりに多種多様で混沌としているから、わたしも含めて誰もが少し混乱しているんだろうとは思う。
だれかなにかを攻撃することで心の平静を保っていられる、って人もいるかもしれない。あるいは実際になにかしらの被害を被ってやむなく声を上げざるを得ない人もいるかもしれない。
だからいちがいに正義の御旗を振っている人を悪いというつもりもない。
ただ、その御旗が必ずしも正義ではないということは知っておくべきだ。
正義なんてない、正解なんてない。
時代によって、情勢によって、正解は移ろっていく。
多くの兵士を殺せば英雄になれる時代はたしかにあった。
覚せい剤は合法で、たばこは駅のホームでも電車の中でも吸えた。
売り手と買い手が合意さえすればマスク1枚1万円で売ったってかまわなかったはずなのに、それを規制する法律が急ぎ成立した。
それらを間違っているというつもりは毛頭ない。
昔はよかったなんて言うつもりももちろんない。
誰か何かを攻撃したい気持ちになったら、まず深呼吸して、それぞれの立場と、自分の立ち位置、それらを空から俯瞰して見る。
だれかの語る正義や、一方的に押し付けられる正解を、一歩引いて眺める。
正義ってなんだろう、正解ってなんだろう。
自分がやっていることはほんとうに正解なのか、ほかの誰かがやっていることはほんとうに悪なのか。
人を殺すことが悪、だなんて法律には書いてない。
ただ、殺したら罰がありますよって決まりがあるだけだ。
法律が絶対正義かといえば当然そういうわけではなく。
変遷していくものだからさ。
そんなことがらを深く深く考えさせられた映画「殺人狂時代」。
おうち時間の慰みにおススメの一本です(←ってそんなシメ?)。
法律の話にちらっと触れてる記事
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