Iちゃんと読書の話になった。
ご主人が持ってた村上春樹を手に取ったがまったくおもしろくなかった、やっぱり活字はあまり面白くないですね、みたいに言っていて。
コレハマズイ!
そんなことで本を読まないなんて人生の損失だ。春樹は嫌いでも本は嫌いにならないでください!*1
本にあまり触れあってきていない人にいきなり春樹なんてイカンよ。
まったくバスケットやったことない人にダンク教えてるのと一緒だよ。
本嫌いになるに決まってる。
楽しく読めて、楽に読めて、しかも重さもなくかるくお菓子でも食べるような気持ちで読み切れるって言ったらアノ人にご出馬願うしかないでしょう!
というわけで、迷わず赤川次郎を押し貸しした。
貸して1週間、Iちゃんは期待以上のリアクションをしてくれた。
「すごいおもしろかったです!一気に読めました!」
わたし自身、子供の頃から本の虫だったわけではない。
人並みには読んだがもともと遅読だし、本好きさんたちから見れば冊数も全然読めてないだろう。
ただ、活字に親しませてくれた「引き金」になった本はある。
忘れもしない、藤本ひとみの「まんが家マリナシリーズ」の「愛はきらめく星になっても」。
発売日を見ると86年だから、当時わたし9歳か。中学生くらいにはなってたように思ってたんだが記憶は曖昧だなー。
本屋さんで平積みになってたこの本を、なんとなく手にしてなけなしの小遣いをはたいて購入した。
漫画本は値段のわりにすぐ読み終わってしまうけど、小説ならもうちょっと長い時間楽しめるかもと思ったのがその本を手に取った直接の理由だったように記憶している。
これが、読んだらなんて面白い!
たしかこれまんが家マリナシリーズの3冊目だった。シリーズものとしては途中なんだけど、そこから読んでもじゅうぶん楽しめるし理解できる。
ここから火がついて、中学卒業くらいまでいわゆる「女の子向けの小説」を読んで読んで読みまくった。
といっても小中学生くらいでそれを全部買えるはずもなく、友達と各シリーズを担当決めして、学校で回し貸ししていた。
それはたぶん中学あがってからだな。
そのため学校へ行くさいのバッグの中身はぜーんぶ少女小説。
教科書の類は学校に全部置きっぱなしにして、借りた小説貸したい小説をパンパンに詰めて学校へごくろうさんにも持って行ってた。
わたしがメインで買っていたのは前出の藤本ひとみのマリナシリーズと
なつかしー!!!
ゆうきみすずの「~が聞こえる」シリーズと
中国人ゆーさんが大好きだったなー!
あとたしか折原みとは全部買ってたな
ちなみに折原みとは好き過ぎてイメージアルバムも持ってた。
ご本人も歌ってる。それについては触れずにおくが、楽曲はなかなかよいものもあった。
いまだに口ずさむ曲もある*2。
発売日見てビックリしたが、なんだかんだ高校3年まで好きだったことになるな。
ほかにもたくさん買ってたけど、「担当」だったのはそれくらいかな。
そして友達が担当して買っててくれたのも楽しみに貸してもらってた。
日向章一郎の放課後シリーズと
星座シリーズ
山浦弘靖の星子シリーズ
当時好きだった諸兄はもちろん、本を読む方はお気づきかと思うが少女小説とはいっても結構な大御所が書いているものも混じっている。
ティーンズハートのほうは対象年齢は低く女子寄りだったが、コバルトはちょっと年齢層高めというか、ちゃんとしたSFやミステリーものが多かった。
さすがにティーンズハートはきびしいが、コバルトものならいまでも読めるんじゃないかな。
そして赤川次郎を知ったのも、この少女小説だった。
吸血鬼シリーズだったっけ…?
少女の当時は挿絵も重要で、赤川次郎の作品のそれはあまり好みではなかったため買っていなかったし、担当に入れている子もいなかった。
なのでわたし自身が赤川次郎を意識して読むのはもう少しあとになってから、ちゃんとオトナ向けのもの、を読むことになるのだが。
長々とわたくしの読書の歴史黎明期をお聞きいただいたわけだが、要するになにごとも「入口は大事」って話をしたかったのだ。
ゆるゆると少女向けのものから入ってそれを面白がることができたからこそ、現在のわたしはどんな種類の本でもどうにか読むことができる。
活字アレルギーにならなかったおかげ。
冒頭でも触れたが、いきなり難解な文学作品なんて与えられたって、親しんでいない人にとっては国語の教科書より興味を持てないしろものであることは火を見るより明らかだ。
春樹なんてもってのほかさね。
どっちがいいとかそういう話ではなく、段階や目的によって求められる筆の種類が異なる、ってこと。
あらためて赤川次郎はスゴイと思うし、そうして活字に親しんで何年か経てば春樹を面白がる日もくるかもしれないし。
ともあれ、読書は楽しいな。