ありがたいことにそれほどいやな思いをした経験は過去にないのだが、それでもやはり現代社会において「仕事」というのはどうしても大事なファクターのようだ。
わたしの親父は学校で用務員をやっていた。
いちおう公務員とはいえ学がなくてもできる汚れ仕事だし、やはりバカにするオトナや学生も結構いた。
当時としては結婚も遅かったし、社会的にはうだつのあがらない男だったかもしれない。
そして、とにかく怖かった。
女の子だったので叱られることは少なかったが、兄貴にはものすごい剣幕で怒って、それを見てるのが怖かった。
北海道から身一つで上京して調理師として住み込みであっちで働きこっちで喧嘩してを繰り返し、母と結婚してからは酒も博打も女もいっさいやらない、つまらないけどすばらしい父だった。
わたしはいつもチビながら胸張って働いていた親父がとても好きだったし、子供心にそれは自分たちを養うためにやってくれているんだということもわかってた。
尊敬してたし誇りにも思ってた。
だから時々「お父様はお仕事なにしてらっしゃるの?」なんて聞かれるといばって「用務員です!」って答えてたし、眉をひそめるような奥様にはほぼわめきに近い親父弁護を展開させていた、と思う。
親父をバカにされることはなにより許せなかったし、それは自分を否定される以上に腹立たしいことでもあった。
だがそんな親父はわたしに対して「いい学校行っていいとこ就職して一流企業に勤めてるような旦那様と結婚」という漠然とした未来を望んでいた。
単に子供に幸せになって欲しいという気持ちだけでなく、そこにはおそらく自分自身が体験したさまざまな苦い体験が反映されていたのだろうと今なら思える。
今の世の中、家族の誰が何の仕事をしているからってそれほど顕著に持ち上げられたり軽蔑されたりすることはないだろう。
だが完全にゼロではない。
ゼロになりえないこともわかっている。
なぜならヒトは環境によって作られるものであり、そのバックボーンが人となりに少なからず現れてしまうことは動かしようのない事実なのだ。
格差、区別、差別、優越感劣等感、どれもをなくして完全平等共産主義、それもある一面では人間の理想の形かもしれないが、代償は大きい。
自由と向上の喪失だ。
社会や環境がどう変わろうとわたし自身本質の部分は変わっていない。
今でもやはり「お仕事なにしてらっしゃるの?」という問いには、どんな種類の職業であっても胸張って答えるだろう。
そしてそれこそが正解のようにわたしには思えるのさ。
ただ、ことさらそういったことにこだわりすぎるのも、それはそれでまたみっとないことでもある、ということだけは肝に銘じておきたい。
父を尊敬はしていたが、俺様の典型的昭和亭主の父に耐え忍ぶ母の姿を見て、わたしは母のようにはなるまい、父のような人とは結婚するまいといつもいつも思っていた。
だが伴侶を並べて比べてみれば、職種こそまるで違えど現場で汗水垂らす気難しい亭主関白で、食事の志向からおよそ文化的な趣味に関しては驚くほど似通っている。
まあ大酒飲みってところだけは唯一異なる部分だが。
父と似た男を連れ合いに選ぶというのは結構本当なのかもね。
そして、それを嬉しく思うって感覚。
年若いころはまったくわからなかったけど、今なら少しわかる。