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【65年組ミュージシャンを】尾崎豊と吉川晃司と岡村靖幸【ピッチャーにたとえてみる】

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尾崎豊、吉川晃司、岡村靖幸

世代的にストライクな3人のミュージシャン。

それぞれ個性的で好きだが、ゆうべはじめて奇しくも3人とも1965年生まれと知った。

尾崎豊はすでに亡くなっているが、生きていれば53歳の同級生たちを独断と偏見で比較してみよう。

 

 

尾崎豊

 

1983年、18歳で高校生時にデビュー。

言わずと知れた若者のカリスマ。反骨心の権化。窓ガラス割って盗んだバイクで走り出す。

はむぺむの談を借りれば彼は「直管」。心と歌声が直でつながっていて、聴く人の心を無条件で揺さぶる。

ほとばしる情熱と裏腹に自身を持て余す繊細さでだいぶ苦しんだように見える。

間違いなく天才の部類だろう。覚せい剤で早逝したが、生きていたらどんな風になっていたろうか。

 


尾崎豊 卒業 - Yutaka Ozaki - graduation - コロッセオ

 

 

 

吉川晃司

 

1984年デビュー。デビュー前から自らをプロダクションに売り込むなど超アグレッシブな勘違い・思い込みの若者だった。

当時は過信が鼻につきカッコつけすぎてカッコ悪かったが、頑ななまでに自分のスタイルを貫き通し、年を重ねるごとに貫録も増して実際にカッコよくなっていった珍しいタイプの人だ。

中身に外見が追いついて行ったというか、バランスが取れてきたというか、今が一番カッコイイんじゃなかろうか。

自称どおり「スゴイ奴」ではあるが、突出した才能の持ち主とは思えず、どちらかというと努力の人。まず理想、ビジョンありきで、それに自分をカスタマイズしていくタイプ。

 


モニカ

 

 

岡村靖幸

 

1986年デビュー。その前年に作曲家としてデビューしている。

前出2人に比べると知名度が低いが、独特の楽曲と甘いマスクやキレッキレすぎるダンス、妙な世界観で当時はイロモノ枠というか変態扱いだった記憶がある。実際変態だと思うし。

いま聞いても彼の曲は実に難解で、時代が20年くらい早すぎた感はある。

年を重ねるごとに太って行き、何度か覚せい剤でも捕まっている。

3人のなかではもっとも「奇才・異才」の部類だが、それゆえに苦しむことも多かったろう。

 

 

 


岡村靖幸 だいすき

 

 

 

彼らを野球の投手にたとえてみる。

 

尾崎豊は本格派。ナチュラルに体格にも恵まれ、ズバンズバンと剛速球を投げ込む。

吉川晃司は努力の人。体格にはそれほど恵まれていなかったが、たゆまぬ努力と観察と勉強で、本格派に勝るとも劣らない速球を投げられるようになった。

 

そして岡村靖幸は、球種にストレートがない投手。

 

尾崎は直球しかないくらいの勢いだし、吉川は直球を基本に投球を組み立てている。

でも岡村はそもそもストレートが持ち球にない、みたいな感じ。

三振はバシバシ取れるけどキャッチャーが捕れない。

 

 

尾崎は若くして苦悩の末に覚せい剤で早くに世を去る羽目になり、岡村も覚せい剤に幾度も手を出している。もっとも岡村の方は苦悩の先に覚せい剤があった、という印象ではなく、なんだろ、芸術活動の延長戦的な感じもしちゃうけど。

 

吉川は覚せい剤なんて必要ないタイプの人、なんだろう。

若い頃からそれこそ根拠のないような自信にあふれていて、実際に自分の力で根拠の部分を埋めていく。

そうして目的地に到達できたときの喜びこそが彼にとっては代えがたい快感で喜びだったのだろう。

だからこそ積み重ねた日々が今の彼をあんなにカッコよくしているのかもしれない。

 

 

3人は同級生ということもあって当時は仲が良かったようだ。

お互いに対してどんな感情を抱いていたのか今となっては知る由もないが、3人が3人とも記憶に残るすてきな楽曲を生み出して、それがいまなお愛され続けていることは間違いない。

 

音楽シーンに強烈な爪痕を残した1965年生まれの彼らのお話でした。

 

ちなみに奥田民生吉田美和も65年生まれです。

 

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