今日の記事長いです。お暇なときにどうぞ。
パン屋さんになる志を語った舌の根も乾かぬうちに辞めてしまいました。
その顛末を語るためには求人広告発見から面接時まで話を戻す必要があります。
前職から離れて早やひと月が過ぎ、ぼちぼち仕事探さなきゃなと思っていたところでパン屋さん新規オープンの記事を目にしました。
わりと近いな。新規だとスタッフもみんなゼロからだし人間関係もめんどくさくなくていいかもな。
時給も悪くない。記事を読み進めていくと、オーナーのコメントが載っていた。
けしてそのパン屋やオーナーを悪く言いたいわけではないことを先にお断りしつつ進む。
そこには彼の経歴と志的なものが載っていた。
要約すると、学校の先生と政治家をやってきた僕は人を育てる自信があるよ。だから初心者でも大丈夫、みたいな話。
どうもパンが好きでパンに情熱をもって開業するってわけではなさそうだ。
ふーむ、なかなか面白そうな人だ。見てみたいな。
求職欲求より野次馬根性が先行して、さっそく面接予約を入れた。
そもそも新規の店ってめちゃくちゃ倍率高いし、まあ無理だろう。でも面接だけでも行ってみる価値はあるかな。
面接予約のための折り返し電話は店長さんからかかってきた。
多少わたわたしてはいるが、社会的にかなりちゃんとした口調と対応。わたしより少し年下くらいだろうか。
面接は店長とオーナーで行うという。このくらいきちんとした人がついているなら大丈夫だろう。ぜひと面接を申し込んだ。
さて面接は店舗とは別に某ホテルの会議室を借りて行われた。
会場へ行くと、部屋の前にわたしよりひとまわりくらい若い、わりと派手目で性質も一見キツそうな女性が受付をしていた。
たまたまその時間に面接に来る予定だった人がキャンセルになったようで、わたしひとり。時間までお待ちくださいと部屋の外で椅子にかける。
手持無沙汰だったのでその女性に話しかけると、陽気に応じてくれた。
聞けばその人は店長の奥さん。この日もボランティアで手伝っているのだと語った。
オーナーのわがままでお店やるみたいだからねえ、どうなることやら、とちょっと心配そうに小声で。
パンの職人は抱えておらず、当然パン屋の経験などはなく。当面は派遣の職人を雇ってこれから育てるつもりだそうな。現在はオーナーと店長がパン講習に通っている、みたいな状態だと。
チャレンジングだなマジで?
お店に出るのか訊くとその予定だと答えたので、もし面接ダメでもお店オープンしたら楽しみに行きますよ、というと
「よっぽど暗い人とかじゃない限り全員取ってるみたいだから絶対大丈夫だよ」
時間になり入室。
オーナーと店長が並んで座っている。店長は電話口の印象どおり、活発でちゃんとした人。イメージよりは若いかな。
オーナーは眉間にしわを寄せて気難しそうな顔をしていた。
面接が始まり質疑応答。店長は具体的にシフトを組む立場上、時間の融通と緊急対応ができるというわたしを非常に重宝がってくれた。
だがオーナーは「あなたにとってパン屋とはなんですか」とか訊いてくる。
TVチャンピオンかよ。それ時間の限られたこういう席で必要な質問?
時間の希望と融通が利くという話はとっくに済んでいたあとに「9時からとかは希望者たくさんいるんですよね、店としては早朝や夜に人が欲しいわけで」とか言う。
その話さっきしたよ。そりゃそうでしょうね、という言葉をあやういところで飲み込んだ。
さらになぜかザ・パン屋なユニフォームが3枚そろえられていて、サイズを知りたいから着ろという。
いや、いいんだけどさ、なんかいろいろ順番おかしくない?
着た後で「ところでお子さんはいくつなの」。
冒頭で子供はいませんって言ったよね?だからこそ時間に融通が利くって話ずっとしてたよね?
この人全然人の話聞いてないんだなとそのとき思った。他人に興味がないんだな。
さすがにこのときは店長が「さっき伺いましたよ」とキツめにオーナーをたしなめていた。
ちなみに30分くらいいろんな話をしたが、一度も給料に関する話は出なかった。わたしもあえて質問はしなかった。
そして最後の最後に悪印象を決定づける一言をオーナーが口にした。
「ふーん、法学部出身なんだ…もったいないねえ」
この価値観。知ってるよこういう人種。
この人の下で働くブルーカラーは、一生人扱いしてもらえないんだろうな。
それでも、そんな数十分で他人を判断するのはよくない。
一緒に働くうちに心を開いていけるかもしれないし。
なんといっても店長とその奥さんがどう見てもいい人だ。
いやいい人かどうかはわからないけど、少なくとも話のできる人たちだ。話の分かる人たちだ。わたしはふたりとも好きだ。好感を持った。
彼らとなら、わがままでわけわかんないオーナーの下ででも力を合わせて頑張っていけるだろう。
とまあそういうわけで面接は終了。合否の電話は2,3日中にしますと告げられて会場をあとにした。
店長の奥さんとは「お店で会いましょう、一緒に働けるの楽しみにしてます」と手を振って別れた。
翌日に奥さんから採用電話あり。
お店に行く日を確認して「じゃあお店で会いましょうね」と電話を切った。
さてそこから1週間ほど。
翌々日にお店に行く日を控えていたある日中に知らない番号から電話。
出るとオーナーだった。
「あの、店長から聞いてますかね?次お店に来る日」
「はい、お約束してますよ。翌々日の午前10時にお伺いいたします」
「あーそうですか、まあいちおう確認だけです」
妙な電話だなと思いつつも、確認だったんだろうとそのときはなにも疑わなかった。
そのときは。
当日。
約束の時間10分前くらいに店に到着。
事前に聞いてはいたが店の改修がまるで間に合っていない。
そのわりに稼働してる職人の数は少なく見える。大丈夫かコレ。間に合うのか?
店の裏側の入り口に女性が立っていた。が、店長の奥さんではない。
まあボランティアだって言ってたし、店が開くまではいないのかな。
バリバリ工事中の室内に入ると、狭い部屋にみっしりパイプ椅子が置かれ、すでに10人ほどが無言で座っていた。
何人かは挨拶を返してくれたが、どうにも陽気なメンツとはいいがたい。
いやちゃんとした人は何人かいたけど、それはそれで学級委員長的な。
場の雰囲気を作るために何か話そうか考えたが、ここは黙っておこう。
まだ状況もつかめていないのにむやみに目立つのはよくない。
ぐっとこらえて無言でキョロキョロ。あーまだ照明器具もついてないのね。電線ぶらさがってる。とりあえずこの部屋だけあわててエアコンつけたんだね。説明書置きっぱなし。ついつい電気屋の妻目線。
それにしても狭い。しまいには椅子が足りなくなる。事前に何人来るかわかってるのにここしか場所なかったの?だったらエアコンなんてなくても、職人いても、広いスペースのほうがましだと思うんだけど。
ちなみにその日だけで初顔合わせの人が15人くらい、全部で4~5日あるようなので60人以上取った計算。
奥さんの言う通り、ほんと手あたり次第なんだな。
ようやく時間になり、狭くて入れないので部屋の入り口でオーナーが話を始めた。
「どうも、はじめまして、わたしが店長の〇〇です」
?
??
???
オーナーでしょあなた?
と思ったら
「前任の店長は先月末をもって退職しました」
いやいやいやいやいやいや、ないわー!!!!!
久しぶりに目が丸くなるほどの衝撃発言を聞いたわ。
もうこの発言で辞める決心は完全に固まったが、さて言い出すタイミングがつかめない。
みんなのまえでなんでこの土壇場で店長が辞めたのかなんて訊けるわけがない。
ほんとは訊きたいけど、それをやったらほかのスタッフのテンションだだ下がりだ。さすがにわたしもそこまで人でなしではない。
退室のタイミングをうかがいつつ話を聞いていた。
店長兼オーナーはまず地図とチラシを出してきて、二人一組でポスティングをしてきてほしいと言う。
なぜかこれはゼンリンのなんですけど、とか地図について語る。
ピンポンは押さなくていいですとか言う。そりゃそうだよ訪問販売かよ。
さらに7月8月のシフトを提出しろと紙が回ってくる。机もないこの狭い部屋でそれを書けと。
そもそも契約とかはどうなってんのよ?給料の話もここでもまだ「き」の字も聞いてないよ?
そりゃオープニングでわからないことだらけでごちゃごちゃしちゃうだろうさ。
でもだからこそ店長夫妻がいたわけで、彼らがサポートしてたからわたしも働こうと思ったわけで。
一緒に支えて苦労しようと思えるほどオーナーに義理も情もあるわけじゃない。悪いけどわたしはもう帰るよ。
退室のタイミングはついになかったので仕方なくシフトの紙をみんなが記入しはじめたときに席を立ち、白紙の紙を差し出して
「すみませんが、店長夫妻と働けるのを楽しみにしていたので…お店がオープンしたらお客さんとしては来ますので」
と告げた。
オーナーもべつに引き留めるでもなく、そもそも彼は誰の顔も名前もまるで把握できていない。そうですかとだけ答えた。
受付していた女性(たぶん派遣とかで雇った感じの事務的な人だった)から「おつかれさまでした」と背中に声を受けながら逃げ出した。
たぶん部屋の中にいた同僚になるはずだった人たちからは「何あの人!?」って思われていたろうな。怖すぎて振り返ることはできなかった。
時計を見ると10時08分。
間違いなく自分史上最速記録だなこれ。
まだ働いてないし契約もしてないから、お仕事見学みたいなもんだったと思えばいいのか?
はむぺむに
「パン屋やめた!」
とラインすると
「なんでじゃー」
「可愛いー!」
「短気ー!」
またしごとさがさなきゃ。
ちなみに件のパン屋さんはオープンしたら客として遊びに行きます。
楽しみ!
ネズミは船が沈む前に逃げ出すんだぜ。
まあすでに2度の沈没船に最後まで乗ってたわたしの言うセリフじゃないけどな。