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何処にでも座る

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多忙につき絵のみ付けて過去ログから手を入れずそのまま移植。

だいぶ昔に書いたものなのでいろいろヒドイですが薄目でお読みくだされば幸いです。

 

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最近の若い者は、どこにでも座りこんでけしからん、とよく言われる。

わけても女子高生諸君がミニスカートの裾をおっぴろげて駅の改札に座りこんでいる姿は、たしかにみっともないものである。

 

だが、「座る」という行為に関して、私は彼女等を否定することはできない。

私自身、どこにでも座る習癖をもっているからだ。

 

勿論ミニスカートの時は多少自粛する。だがジーンズなんてはこうものなら、ところかまわず時嫌わず、べったり座りこんでなにかもぐもぐやったりする。

他人の目が気にならないわけではない。むしろ、意識しているといってもいいくらいだ。

 

学生時代もっともその傾向が強かった。殊に街中では、スーツ着てせわしげに行き交う人を見ながら座ってのんびりすることは、ある種の快感ともいえる。ちなみに一番のお気に入りは都庁近辺であった。

 

電車やバスでも、自分の鞄を下ろしてその上に座ったりしていた。無論迷惑にならない程度のスペースが確保できたときに限る。どこかしこでも座るといっても、一応自分なりに他人の迷惑には気をつけていた。

 

そもそも迷惑という点を除けば、座っていけない場所などないと私は考える。

加えて、「汚い」という感触が薄いのだ。キレイなはずもないが、ある程度腰を下ろす場所を見てから座るわけだし、どのみち帰ったら洗濯するのだ、汚れたってかまやしない。それよりは、ラクだ、楽しい、の感情が優先する。元来キレイ好きでもなければ見た目にうるさいタチでもない。それらの要素が「座る」ことにつながっている。

 

そうなると今時の若者に対して疑問が生じるのだ。

お化粧、マニキュア、服装に小物。

鏡を常に手放さない彼女等(あるいは彼ら)にとって、見た目って最重要項目ではないのか?

にもかかわらず地べたにヨゴレも気にせずあられもない姿で座るというのは、いかなる矛盾のなせる技なのだろう。不思議でたまらない。 

 

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