読書メモが続いて恐縮だが昨日の記事を書いてたら思い出したので連投。
高校2年の夏休み明けだったと思う。
宿題として御多分に漏れず読書感想文が出された。
対象本タイトルと、クラスメイトの誰がどの本を読んだかがひと目でわかる一覧のプリントが配られた。
たるたる…「アルジャーノンに花束を」
はむぺむ…「梟の城」
みたいな感じ。
実際自分がそのとき何を読んで感想文を提出したかはまったく覚えていない。
公私ともに忙しい高校生のこと、わたしも含めて明らかに「やっつけ」で選んだと思われるタイトル一覧のなかで、気になる本が目に入った。
それを読んだのは、クラスでもあまり目立たない感じの男の子。
当時のわたしは派手と言うほどではなかったが、そんなおとなしい男の子とはまるで接点がない程度には騒がしい部類の普通の女子高生だった。
「二十歳の原点」。
なんだか妙にそのタイトルに惹かれた。
どんな本なんだろう。あのおとなしい感じの彼はなんでこんな本を選んだのだろう。
興味がムクムクと湧いてきて、ほとんど話したこともなかった彼だったが
「この本、どんな本?どうだった?」と訊ねた。
「よかったら貸そうか?」
素敵な笑顔を浮かべた彼から意外なほどさらりと回答が返ってきた。
よく見たこともなかったがよく見ると結構なイケメンだったことにその時はじめて気が付いた。少女漫画展開だわこれ…。
借りた本は、ある意味予想通りと言おうか、若さゆえの苦悩とやり場のない暗い情熱や人生の迷路ぶりが詰め込まれたものだった。
学生運動という時代背景も特有のもので、高校生の当時にはなかなかショッキングで、かつ重い。
そしてそれを読むことでなんとなく「ちょっとだけオトナになった気がする」的優越感を覚える程度には、高校生ってのは子供なわけだが。
今読めば印象はもう少し異なるかもしれないが、正直いままた読みたいとはあまり思えない。
学生運動のような環境こそないものの、いまどきも人生に悩み迷い苦しんでいる若者はごまんといて、しかもインターネットがこれほど普及した現代ではその途上の若者たちのむき出しの魂の叫びをいくらでも拾い読みすることができるから。
それらはときに不朽の名作よりも美しい言葉で、どんな詩人の言葉よりも深みを持って心に迫ってくる。
メディアが限られていた頃と比べると、単に情報量という意味合いだけでなく、情緒的な意味でも信じられないくらい多彩になっている。
言うまでもなく受け取るほうに高いスキルが要求され、言葉の海に溺れるようなこともしばしば起こる。
当然いいことばかりでもないわけだが、それでも取捨選択の自由を与えられることはすばらしいことだ。
ああなんか語り口調まで青臭い感じになっちゃったね。
件の彼とはその本の貸し借りをきっかけにちょくちょく会話をするようになった。
多くのクラスメイトに「あんたたち付き合ってんの?」なんてよく聞かれたが、互いにそんな雰囲気はまるでなく。
ふたりきりで教室に残っていても、笑っちゃうほど本の話ばかりだったし、それ以上でも以下でもなかった。
ただ本をはさんで会話をすることが心地よかった。
午後の光が差し込む教室で、柔らかく笑う彼の前髪がやさしく揺れた光景だけを憶えている。
(少女漫画っぽい一文をぶっこんでみたかった↑)
イヤー青春だね!
こうして挙げておいてなんですが、いまのような世の中となっては必読の一冊って感じの本ではありません。
赤裸々なある若い女性の私的で詩的な日記、という分類に従うと、いまどきそんなのいくらでもネットで読めるからね。
ただ、時代背景も込みとすれば、当時の彼女の思考への興味は高まるかも。