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同性に嫌われる~好きな人に好かれればそれが幸せ

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女に嫌われる女、というと、ぶりっ子だったり女らしい女性のことを指す。

男にはモテるけど女友達にはウケが悪いみたいなタイプな。

 

わたしはそれとは程遠い。

だいたいそもそも美人でもなけりゃぶりっ子でもない。性質だけで言えばむしろ男寄りっつーか男勝りっつーか男前タイプだ。

いやまああくまでタイプの話な。

 

 

でもなんか、あんまり同性には好かれない。

 

 

診断系はさほど好きではないのだが、こないだはむぺむとそんな話をしていたときにいくつかやってみた。

 

gakumado.mynavi.jp

aikatu.jp

 

だいたいどれも嫌われる度70%といったところ。何故だ。

 

 

自分で言うのもなんだけど、わたしみたいにわかりやすくててらいがなくて態度のハッキリした女、嫌われる要素なんてないと思うのになあ。

 

 

たぶん、むしろそういうところが嫌われる理由なんだろうな。

気に入らないことはしない。

イヤなもんはイヤ。

群れるのめんどくさい。

そういうのが「自分勝手でわがまま」に見えるんだろうな。

 

 

やりたくもないことを周りの流れを察して無理やり合わせたって、お互いにめんどくさいだけじゃんか。

言いたいことがあれば言えばいいし、嫌なら静かに退出すればいい。

仕事や家族ならある程度の我慢は必要だけど、それ以外のコミュニティで自分殺してまでまわりと平和にやっていく必要なんてあるのかな?

 

仕事や家族だってもちろん我慢も大切だけど、それ以上に少しでも自分が快適に過ごせるようにカスタマイズしていく努力をすればいいじゃんか。

それでもダメなことももちろんあるだろうから、そういう場合は極力距離を取ってなだめすかしてやっていけばいい。

 

 

って、けっこう若い頃から思ってた。

中学高校くらいだと当然女同士のコミュニティってのは結構重要になるもんだ。

うまいこと馴染めないと仲間外れやらいじめの標的になったりもする。

わりと社交力は高い方だったし、ヒトの顔色を見るのも苦手ではなかったから、まわりにはなじんでた方だと思う。

 

 

でも高校生の時に、一部のクラスメイトの女子となんとなくギクシャクしたことがある。

そのときに、グループに属していなかったヤン寄りの子に言われた言葉が妙に心に刺さり、以来わたしは他人づきあいをそれほど重要なモノとしてとらえなくなった。

 

「(指で長い線を書きながら)人生をこのくらい長いものだとしてさ、いまここで触れ合ってる人たちと過ごす時間なんて(指で1センチくらいを示しながら)こんくらいだよ」

 

 

ものすごく感心した。高1かそこらでずいぶん達観した子もいたもんだ。

以来、気に入らないところに無理してとどまり続けることをやめた。アホらしい。時間の無駄だ。

 

 

わたしはべつに同性からモテたいわけでもまして異性にモテたいわけでもまるでない。

ただ、自分が好きな人には好かれたい。

それは異性同性問わずって話。

 

 

なので、自分が惚れるとわりと健気に愛情表現をする。

相手に届けば相手も自分を好きになってくれるだろう。届かなかったらもっと追うか諦めるかそのときに考えればいい。

 

 

ただひとり、はむぺむだけはずっと変わらず好きでいるし、彼に愛され続けるためならそれこそほんとうになんだってする。

ほかのすべてを失っても全然かまわない。

わたしにとってはそれこそが、唯一それだけがまったく揺らがない幸せなのだ。

 

 

ってなことを図々しく言っちゃうところがつまり、同性に嫌われる部分なんだろうねー。

 

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