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【パブリシティも炎上も】広告効果【知名度を上げることが最命題】

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本日は広告全般の話。

あんまり難しい話が得意ではないので、あくまでアホの所感です。

 

 

現在も絶賛大規模修繕中の居住マンション。 

 

www.hampemtarutaru.com

 

この修繕工事に当たり、マンション全部を足場で囲うような状態になっている。

外から見ると修繕中だと一目でわかる。

改めて注意して見ると、世界は修繕中の建物でいっぱいだ。

いや、いままで気づいていなかったわたしがアホなだけか?

 

この修繕の内側の人になって初めて気づいたが、マンション上階の外側に向けて、修繕担当の建設会社やら物件担当不動産会社やらの旗みたいなのが掲示されている。

 

工事着手当初にわざわざ足場の外側にその旗を設置しているのを見て「何やってるんだろ?」と不思議な気持ちになっていた。

 

 

外から見ると修繕中の建物の超一等地に、どでかい広告。

修繕期間はまちまちだが、その間じゅう無料で(って言い方もどうかと思うが)広告を出しっぱなしにできるわけだ。

普通に看板で出稿したらなんぼかかるんだ。最初にやった奴賢いな、と感心した。

 

 

たとえば紙媒体の求人広告ならサイズにもよるが数センチ四方のちっさい記事で数万円。

ビル上階屋外看板とかも場所によるが1カ月単位の契約でやっぱり数万円。

テレビCMともなれば枠にもよるが15秒1本数十万とか数百万とか。

広告ってのは実に金がかかる。

 

 

そんなに手間と金をかけてでも広告を出すことは言うまでもなく大事だ。

なんぼいいモン作っても、とにかく世間に広く知ってもらわないことにはどうにもならないからね。

そもそも広告ってのは商品やサービスを買ってもらうことが最終目的。

そのためにはまず会社の知名度、商品の知名度、その内容、良さ、なんでもいいからとりあえず少しでも多くの人に認知されなければ話にならない。

そうして舞台に上がってからようやく「選ばれる努力」が意味を持ってくる。

 

 

とは言っても、広告の形も社会の移り変わりとともに確実に変化している。

たとえば近頃は、あきらかに電車内の中吊り広告が減った。

一昔前は中吊りと、両脇の上部にもびっしりと広告が貼ってあったが、最近はちょっと寂しいほどにスカスカだ。

手元に誰もが情報媒体を持つようになったイマドキじゃ、車内広告なんて誰も見やしない。

見るとしても車内の液晶ビジョンがいいところだ、そこに広告を出すほうがよほど有意義。

紙媒体に広告費用を出すのはアホらしいと手を引く業者が多くなったってことなんだろうな。

 

 

先述の紙求人広告も同様。いまはネットでバイトも仕事も検索する時代。

紙媒体で求人打ったって、ことに若者はちっとも来やしない。

そもそも新聞取ってる家庭が極端に減った。折込チラシ自体目にする機会も激減している。

見る人の少ない媒体に何万も広告費をかけるなんてバカバカしいことこの上ない。

 

 

かわりに猛威を振るっているのがネット広告。

そう、このサイトにもいっちょまえに広告載せさせてもらってます。

掲載しているわたし自身には(アクセスが多くないこともあって)現時点ではいくらも報酬が入るわけではないが、これも立派な広告。

 

 

時々違和感はある。

意識して「この商品よかったよ」って記事を書いて、それを誰かが購入するって図式なら普通だと思う。

広告を出稿している人は商品が売れるという結果が出て、それを紹介する記事を書いた人は宣伝にひと役買ったってことで仲介業者的な権利として報酬を得る。

買う人も事前に情報を得られたうえで納得して目的のものを購入できるわけだから三方円満、Win-Winの関係と言えなくもない。

いわゆるアフィリエイトってのはこれに該当するんだろう。

 

 

でもたとえばこのサイトで掲示してる広告ってのは、わたしが選んで貼ってるわけじゃない。

読み手にとって興味のある記事が自動で掲載される、仕組みらしいが、掲示している当人はなにが掲載されているのか知らないし、もっといえば別にそれが売りたいわけでもない。

なんかそれが時々不思議な気持ちになるのだ。

 

 

誰も見ないところに金をかけて広告を掲載してもしょうがない。

人の来ない荒野に看板立てるバカもいないからな。

 

 

そうなると、広告を見てもらうために広告を打つという謎のスパイラルが誕生する。

もちろんお金をかけてそれをする人もいるだろうが、ネット上ではもうちょっと賢い人がたくさんいる。

それが「炎上商法」といわれるものだ。

 

挑戦的、挑発的行動や、問題発言などで広く多くの人に面白がって取り上げてもらって、結果的に知名度を上げる。

炎上が盛り上がれば著名人に扱ってもらったり、各種マスコミなどに取り上げられてパブリシティを得ることもできる。

一銭の金もかけずに広告の最重要命題「知名度を上げる」ことが達成できるのだ。

なんて賢いやり方だろう、と個人的には感心している。

 

 

極端な話、たとえそれがマイナスイメージであっても、誰にも知られないよりは知られることのほうがメリットはあると言える。

それほど知名度は重要なのだ。

 

 

ただし当然、それはあくまでスタートライン、舞台に上がるまでの話。

いくら一時的に知名度を上げても、売りたい商品に中身がなければ長続きするはずもなく。

まずは売りたいモノに自信があってこそ、各種広告はようやく意味を持つのだ。

にわとりと卵どっちが先かみたいな話ではあるが。

 

 

せっかく毎日書いているこのサイトも、もうちょっと広く認知されたい、と思う一方。

お金をかけてまで広告を打つのはやだし。

炎上させてまでアクセス集めたくもない。いやそもそも炎上はさせるのも相当スキルや努力が要るし。

そして仮に一時的に広告による効果が出たところで、いらしたお客が満足できる商品が量産できてるかってーと…

 

 

ネット社会のすみっこにこっそりと棲息している、いまぐらいの感じがわたしにゃちょうどいいんだろうな、という結論に落ち着くわけです。

 

 

こんなところにわざわざ遊びに来てくれるアナタありがとう、愛してる。

 

 

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