以前ちらと触れたがわたしは幼少時から熱心に宗教をやっていた。
わたし自身ははむぺむと出会って結婚してほどなく離れたが、母は現在もバリバリやっている。
その宗教に対しては否定も肯定もしないスタンスだが、母の存命中はあまり悪し様に言いたくないので某というぼんやりした表現での記載をご承知いただきたく。
わかる人が読めばわかるんだけどね。気持ちの問題です。
某宗教団体の創設者(厳密には三代目)であるその彼は、神でこそないが大先生として信者の誰もが無条件に大好きで尊敬している。
彼の求心力は実際たいしたものだし、すっかり姿を見せなくなった現在でもなお彼の言葉を心の力として一生懸命生きている人たちが間違いなく多数いる。
もちろんわたしも例外でなく、全力で彼を尊敬し敬愛していた。
彼の言葉を一言一句漏らさぬようにのめりこむように聞き、暗唱できるほど何度も読んだ。
しかしその彼も、もうここ数年とんと姿を見せなくなっている。
組織からの発表はお元気ですの一点張り。機関紙等でもさぞ本人の言葉のように昔の写真に寄せて掲載していたり、彼の執筆していた小説がつい最近まで連載を続けていたりした。
継続して読んでいないのでわからないが、ちゃんと読んでいる人なら途中から違和感を覚えたりもしたんじゃなかろうか。
まことしやかに死亡説が流れたりもしたが、さすがに戦国時代じゃあるまいし今のご時世で亡くなったことを何年も隠し続けるのは厳しいだろう。いまだ生きていることは生きている、のではないかと思える。
大病をして入院をしたところまではどうやら本当のようなので、きっと今頃彼はどこかの病院で静かにひっそりと息を続けているのだろう。
本人が結構戦国系マニアというかそういう言い回しも好きだったので、組織の行く末を案じて「俺の死後数年はそれを隠せ」くらいのことは言いそうだけど。
そして実際、現在の彼の消息はまったく正確に信者の元へ届けられなくなっている。
喧嘩の原因になるので(というかあまり責め立てるのも気の毒なので)母といる時に宗教の話をすることは控えているが、たまたま何の気なしに「そういや先生って最近どうしてるの?元気なの?」と訊ねると明らかに顔色が変わった。
その話には触れないでと言わんばかりに「お元気だよ、たぶん。わかんないけど、元気だよ」。
組織を離れて久しいが、人間誰しも年を取っていつかは寿命で死ぬ。
少なくともそれを捻じ曲げるような宗教ではなかったと思っていたが、なんだろうこの状況。
腹が立った。
先生だって神じゃない。永遠に元気で生きるなんて、なんぼ信者でもそんな風には思っていなかった。
それなのに、生きてるかどうかわからない状況になって長い月日が経つのに、いまだにお元気ですって言い続けるのってどうなのさ。つかバカ?バカなの?
めいっぱい生きて祈ってきたからこそ、晩節、最期のときくらいは信者皆で心を込めてお祈りして送ってあげたらいいじゃない。
ボケてようがヨボヨボだろうが、同時中継で日本全国津々浦々から信者たちのお祈りを届けてあげたらいいじゃない。
皮肉でなくそう思う。わたしが信者を続けていたら、先生の消息のわからない状態でただ一方的にお元気ですって嘘くさい情報を与えられるのは許せないと思うから。
生きていれば現在90歳。
彼がどんな生涯を送って、どんな境涯にいるのか知る由もないけれど。
彼の威光だけに頼ってバカでもわかるような情報を提供し続けて信者たちを明らかに軽んじている現組織執行部の皆様には是非とも今一度猛省を促したい。
純粋に彼を慕い愛する信者たちに、彼の現在を正確に伝えてほしい。
かなうなら彼と多くの信者とを画面越しでも構わないから会わせてあげてほしい。
そしていつか亡くなった時には、盛大な同時中継葬儀を。
それでこそだろ。
そんときには、わたしもお経くらい唱えるからさ。
何と言っても一度は全身全霊で敬愛したお人だから。
もうそう遠い未来ではないだろうが、その後組織がどうなるのか心配ではある。
もしくは、どうせ隠蔽を続けるなら、母が亡くなるまで隠し通してほしいものだ。
そうすれば少なくとも彼女は傷つかずに済む。
まあ彼女はあと10年はいけるだろうから、そんとき彼は100歳、現実的ではないけどね。