誰にもあてはまるかどうかは定かでないが、少なくともわたしは、という話。
10代も思春期を迎えるとやみくもに世を儚んだり、小難しいことを考えるようになる。
人生とは、人間とは、地球とはなんていっちょまえに思いを馳せ、ときにはその生のままの感情を詩かなんかで羅列しちゃったりして痛々しいことこの上ない。
しかも当人は芸術くらいのご満悦ぶり。
大人の世界に憧れと恐怖を抱く。
子供の心を忘れたくない、キタナイオトナになりたくない、なんて思ってる。
20代になると世間の波にもまれ、多少なりとも世の中が見えてくる。
その経験値を得たことで自分にさまざまな形の自信が付き、傲慢になる。
自分が最上であるという傲慢ゆえに、他人に対して攻撃的にもなる。
社会が悪い、政治が悪い、愚鈍な連中すべてが悪い。
わたしだったら俺だったらもっとうまくやれるのに、歳ばかり取った大人どもはなにをチンタラやってやがる。
なまじ自信があるからなんにでもすぐ牙を剥く。
自分を自分史上最高に賢い、充実している、なんでもわかっていると感じる。
30代になると攻撃的だった部分が和らいでくる。
性質が変わるわけではなく、もっと複雑で見えていなかった部分がわかってくるせいだ。
すべての面においてスキルは確実にアップして、それがために未熟だった自分の過去の姿もよく見えるようになる。
そして、だから、惑うのだ。
40代になってすぐにその惑いが消えるわけもないけれど。
線で引いたように年代が切り替わったからって意識が変わるものでもないけれど。
時間の流れとともに、自分は40代になったのだと感じることは増えた。
新たな意欲と新たな理解、多少の焦りと、少しの諦めと。
ブレンド率はまだまだ安定せず、次の境地へ行ったときにやっと40代を振り返ることができるのだろうと思っている。
過ぎてきた道はよく判る。
これから進む道はどんなんだろう。ドキワクだ。
ただひとつだけ現時点でも判っていることは、
先に進んだ時に今の自分はかなり未熟で恥ずかしい、痛々しい姿なんだってこと。
人生死ぬまで精進ですなあ。
長ーい長ーい旅路です。