【人が集まると問題が発生する】コミュニティの正体~得と徳【人が集まると金が動く】

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わたし自身は完全に趣味でブログをやっているし、ブログでお金を稼ぐことに「さほど」興味はない。

あえて「さほど」と言ったのは、そりゃ付加価値として発生すればいいな、程度の下心は持っているからで。にんげんだもの(定番の突然のみつを)。

 

 

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それでもそれについて真剣に調べて取り組もうとまで相変わらず思わないのは、好きに書ける自由を手放したくないことのほかにもうひとつ明確な理由がある。

 

「コミュニティに所属したくない」のがそれだ。

 

リアルでもネットでも、求心力のある人ってのは確かにいる。

多くの人が求める何かを提供できる人間のもとには人がたくさん集まってくる。

 

その「提供できるもの」とはたいがい「得」か「徳」のどちらかだ。

 

前者寄りならビジネス的集団になるし、後者寄りなら言うまでもなく宗教臭くなる。

そして両者の間に区別はほとんどないと言える。

 

 

というのも「徳」を提供しているうちに集まってくる人の数が増えていくと、そこには「得」が否応なく発生してしまうからだ。

もうちょっとありていに言うと「人が集まると金が動く」。

 

 

わかりやすい例で言えば、自治会。

お住まいの地域にあるだろ、年会費ン千円とかで引退したおっさんたちが定期的に集会を開いてご立派な自治会館建てて年に何回かイベント打ったりして。

まあそれはあくまで「誰かのもとに集ってる」わけじゃないけど、なんとなくぼんやりした「公共の福祉的なもの」に人が集まって、ちょっとずつお金を出し合って、なんとなく運営してる謎の集まり。

 

もちろん自治会とかだとそれによって儲けたり損したりって話にはなりにくいだろうけど、若かりし日にそこで動いてる金額の大きさを知って驚いた記憶がある。

乱暴な言い方すれば世の中の人が集まるコミュニティってみんなどれもそれと基本の形は変わらないと思うんだ。

 

 

共通の目的に対してリーダーシップを発揮する人がいて、尻馬に乗っかろうとする人がいて、野次馬がいて(馬ばっかだな)、まぜっかえす人がいて、なんだかがちゃがちゃしながら進んでいく。

 

 

 

わたしは自身が望む形ではなかったが過去に「宗教」という名のコミュニティに所属していた。

 

 

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 生まれた時に与えられ、なんの疑問も持たずにお年ごろまでそのコミュニティ内でわたしはぬくぬくと暮らした。

 

同じ目的、同じ信念を持った仲間たちと、なにかに向かって努力し、ときに助け合いときに励まし合う。

なんと居心地の良かったことか。

 

 

困った時に自分を奮い立たせる明確な教義があることが人生においてどれほどありがたいことか。

苦しい時に励まし合える仲間のいることがどれほど嬉しいことか。

 

 

つまり人とはそういう生き物なのだ。

最小単位で言えば家族。仲良しグループ。部活。出身校。会社。宗教もサークルも習い事もみんな言っちゃえばコミュニティ。

 

 

所属すると受けられる恩恵は言うまでもなく多い。

孤軍奮闘ではこの世の中じゃ行ける範囲はたかが知れてる。人が集まって知恵を出し合って金を出し合えば、やれる範囲、できることも増えていく。

 

 

そして当然、そういった人の集まりでみんなが平等に得を得ることは難しい。

 

 

そりゃそうだ。徳なら個人個人の捉え方でどうにでもなるが、得となると物理的な話になる。

モノもカネも無限じゃない。参加している誰もがおなじだけ得できる集団なんてあるわけない。集団の中で多寡が発生するのは当たり前のことだ。

仮に所属者全部が得を得られる集団があったとしたら、その集団の外に強烈に搾取されている誰かが存在するのだろう。

 

誰かが得をしてるってことは、誰かが損をしてるってことだ。

そうじゃなきゃ損得勘定が合わない。

 

 

そういうあれこれを考えるほどに、わたしはなにかに所属をするのがいやなのだ。

 

 

人が集まると問題が発生する。

人が集まると金が動く。

 

そんなあたりまえなことが、コミュニティと呼ばれる人間の集まりの正体で。

そして悲しいかな人は群れでなければ生きられない。

物理的にも、精神的にも。

 

 

なにかに所属すれば楽だ。楽しい。安心する。

居場所があるってすばらしい。

だから他人が所属先を求めることを、べつに悪いとも思わない。むしろ自然だ。

 

 

ただ、本来なににも所属したくないわたしにとっては、はむぺむ1匹でじゅうぶんすぎるほど足りている。

 

そんなわたしから見ると、進んであちこちのコミュニティに籍を置いて、人の集まりに出向いて行って揉め事で心を痛めたり、お金を使ってわーわー言ってる姿はなんというか、ちょっと滑稽ではある。

 

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