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年貢の納め時~腹を括る

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「年貢の納め時」ってよく言うじゃない。

個人的にはプレイボーイが嫁にとっつかまったときとかに主に使うイメージなんだけど、それほど悪い印象ではない。

ニュアンスとしては「腹を括る」感じ。

 

人生やってくと年貢の納め時ってけっこうやってくる。

結婚はもちろん、子供を産んだり家を買ったり、ペットを飼ったり車を買ったり、要は「なにかあったときに簡単にそこから逃げ出せない状況」になること。

 

多くの場合自分で求めて「枷」を増やしていくわけだが。

 

枷というと重くマイナスイメージになってしまうが、内容自体は幸せ、ポジティブなことであることが多い。

結果的に「一個人の自由な人生」にとっては「枷」になってしまうというだけ。

 

 

枷は多い方がいいのか少ない方がいいのかは、人生というものをどうとらえるかで変わって来ちゃうんだけど。

充実した暮らしには責任が伴うし、無責任で奔放に生きたければ地に足の着いた幸せを求めることは難しい。

 

 

先年他界した父は30代後半まで自由と無責任の日本代表みたいな暮らしをしていた。

18くらいで単身故郷を飛び出して来た若者は、守るべきものも守ってくれる人も誰ひとりおらず、母と出会って家庭を持つまでは文字通りの流れ者だったそうな。

 

生きるために仕事はもちろん必須だが、気に入らなければ喧嘩して辞めるの繰り返し。

ひとっところにしがみつく必要がないのだから当然そうなる。

1ヶ月や2か月という驚異的なスパンで日本全国転々と生きていた。

 

 

母と結婚して兄が生まれわたしが生まれ、枷が増えるにつけ父はついに年貢を納めた。

一か所に定住して、気に入らない仕事も我慢して続けてくれた。

それが彼にとって幸せだったのかどうかは、いまとなってはわからない。

 

 

現在の自分自身はといえばおおいに自由だが、はむぺむがどうかはわからない。

はむぺむにとって自分が枷になっていると感じることもあるし、そのことを少なからず心苦しく思うこともある。

 

でもきっと、彼は枷をいくら増やしてもぶっちぎって生きる自由なパワーをいつだって変わらず持っている。

だから安心してどこまでもついていくし、ときにはわたし自身も余計な枷を力ずくでぶっちぎるパワーを失ってはならないんだろうな。

 

無責任とはまた違った覚悟。

年貢はなんぼ納めても、必要とあらばすでに納めた年貢を諦めてでも次のステージに邁進するために必要な覚悟。

 

腹を括って生きてくと、見える景色も変わるかも。

 

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