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謙虚と傲慢

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おのおのがどうぞどうぞと譲り合い、誰から行くかが決まらずに車と車と歩行者と自転車が四つ角で立往生。

わりによく見る光景だ。

日本人の譲り合いの精神はたいしたものだと思う。

 

誰もが、とは言わないが、心にゆとりを持って暮らし、我先にではなく「お先にどうぞ」と言えるだけの気持ちを持っている。

元来が農耕民族という穏やかで優しい性質なのに加え、教育もそれに拍車をかけているのだろう。

曰く「人に優しく」「弱者に優しく」「謙虚であれ」。

 

たいへん結構なことだとは思うが、言うまでもなく物事に完璧などありえない。

当然多かれ少なかれ弊害は発生するわけでさ。

 

「Noと言えない日本人」なんて言葉が一昔前に流行ったが、とかく日本人は自己主張をしない。

自己主張をすることを恥だと思っているかのようだ。いや、実際そうだったのだろう。*1

 

 

主張をしないから主張がないのかと思うとさにあらず。ただ表に出さないだけで、それぞれに主張らしきものは持っている。

だがそれを他人を納得させられるだけの理屈と併せ持っていないから、または頑なに貫き通すだけの強引さを持っていないから、黙ってる。

黙ってるけど、他人の主張になかなか諸手をあげて賛成することもしないのさ。

 

 

10人ヒトが集まったとして、10通りの意見がある。それぞれ出し合ってぶつけ合えば意見にまとまりが出るかもしれないが、出すことをしない。

かといって1人の強引な独裁者に従うこともよしとしない。

結局独裁者は9人の顔色を見て意見を軟着陸させることに苦心し、ほかの9人は表立った主張もしないまま決定事項にしぶしぶ同意し、なお独裁者に対してあーだこーだと文句を言い続ける。

…ってのが、おおむね日本におけるヒトが集まったときのカタチだ。

 

それでも場に独裁者がいてくれる場合はまだマシで、10人ともが黙ってるヒトだった場合はさらに始末が悪い。

あなたからどうぞ、いやいやあなたこそどうぞ、お先にどうぞ、いえあくまでも私の見解なので参考程度に。

責任逃れにしか思えない。これではいつまでたっても物事が進むわけがない。

 

 

主張をすることはたしかに責任を負うことだ。ときにその責任は重く苦しい。

でもなにか物事を進めようと思えば、主張なしには絶対に進み得ない。それにはかならず責任が伴う。

誰かがその責任を引き受けねばならず、本来それこそが「責任者」の役目だが、たいていの場合その犠牲になるのは責任者ではなく独裁者だ。

 

周りのヒトに「自分勝手」「図々しい」「言いたいことばっかり言って」「態度デカ」「なにあのワガママ」とか言われているヒトこそ、社会を回転させている貢献者だ。

 

 

謙虚なことはすばらしい。譲り合いは美しい。

だが、主張がないとときに混乱を招く。

謙虚であることももちろん大事だが、わたしは自己主張のほうをこそいまのうちに身につけておきたい。

ときには傲慢な独裁者になることも必要なのだ。

 

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*1:「日本人」というくくりで書いていますが、日本人全体の精神性を考えると戦前戦後で異なるものも多いし相当歴史をさかのぼって紐解かなければならず、もの すっごめんどくさいので割愛。ここでは「日本人」=「まわりのヒトたち」くらいのニュアンスで感じてくれればOKです

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