子供の頃、犬がとても苦手だった。
苦手というか、恐怖の対象。
特に「はなれている犬」なんかに出くわすとその恐怖度たるや、今の感覚で言うと道端で虎や熊に遭ってしまったくらいの怖さ。
全速力以上で逃げるか、もしくは固まってしまって凝視したまま一歩も動けない。
そのくらい犬が怖かった。
小さい頃に噛まれたとか、原因となるようなトラウマがあったかと思い返してみるがまるで心当たりはない。
物心ついたときにはすでに「はなれている犬=怖い」、どんなに小さく愛らしい犬でも犬と名がつけば、キャンと吠えられればそれだけで脱兎のごとく逃げ出していた。
安全な場所に逃げおおせてもその後数十分は心臓のバクバクが止まらなかった(小心なのは昔から)。
しかし当然お犬さまたちはそんなのおかまいなしだ。
いつだって犬のほうは遊んでたくらいなんだろうが、わたしは生きた心地しなかった。
なかでも小学中学時代それぞれに強烈な体験をしている。
小学校のころなんかのイベントで運動公園に集まっていたとき、突然現れたコリー犬に追いかけまわされた。
正確にはコリーが追っかけてるのはニワトリで、ニワトリの逃げ道上にたまたまわたしがいた。
わたしはニワトリのただならぬ剣幕にあわてて走り出したが、まわりの人はそれを「逃げている」ように見ていたかどうかは定かでない。
絵面としてはかなりほのぼのしていたと思う。わたしは死にもの狂いだった。
中学はもっとひどかった。
もうじきお昼という時間、授業中なので学校は静まり返っている。
わたしは(たぶん体調不良かなにかで)ひとり早退。校庭を横切って門から帰宅しようとした。
突然その門から、リードを引きずり散歩中に逃げ出した体の(今ならかわいいと思える)ビーグル犬が走り込んできた。
そして今なら発情しているとすぐわかるが、当時のわたしは怖いうえに知識も足りず、わたしの右足に舌を出してものすごいスリスリハアハアしてくるその犬を文字通り微動だにすることも出来ず息を吞んで凝視し固まっていた。
数分後たまたま通りかかった工事現場のおじさんが助けてくれなかったら、わたしはたぶん相当長い間そこに立ち尽くしていることになったろう。
おかげさまで今はそこまで怖くはないが、いったいなぜそこまで犬を怖がっていたのか、今となっては謎である。